新文化(出版業界紙) 連載コラム
本のソムリエ・ロックスター団長がゆく!
老舗書店の心意気!
波屋書房 3代目 芝本尚明氏
'07/3/8

  協会での任務を終えた僕は、荒川の土手に寝転がって読書を楽しんでいた。寒さで少し冷たくなった手先で本のページをめくる…苦しゅうない。なつかしのミロを飲みながら甘酸っぱい青春を振り返っていたところ、雰囲気ブチ壊しの着信音が川原に鳴り響いた。こ、このメロディーは…。“ボス”からの電話だ!「団長、料理は得意か?」「え、もしや美人の奥さんに逃げられましたか?」「バカヤロー、うちは年中ラブラブだ! とにかく今すぐ大阪に行ってくれ」「大阪? 活躍のご褒美に食い倒れ企画ですか?」「行けばわかる。難波千日前へ今すぐ! ブチッ」「ちょっと、待ってください! ボ・ボス! ボス〜!」 
 …というわけで、ごきげんよう、本のソムリエ“団長”です。ボスからの特命を受け、次なる地・大阪にやってまいりました。今回のキーワード「料理」を解読すべく、難波の繁華街を食べ歩いていると、にこやかに手を振る紳士を発見! その方は、芝本尚明さん。大正8年創業の老舗「波屋書房」の三代目店主です。さっそく店内に入ってみてビックリ! 敷地約30坪のスペースの大部分が「料理書」なんです! その理由を聞いてみると「20年前くらいに、店内の5分の1くらいの棚を使って料理書フェアをやってみたところ、予想以上の好評。とはいえ、料理書フェアのために売れ筋の風俗誌を減らしたため、収益面でのデメリットもありました。今後どうするか悩みましたが、お客様と会話しながら楽しく仕事できたことが嬉しかったので、そのまま料理書を置き続けることに決めました」とのこと。
 それまでの波屋書房は、純文学との関わりが深く、『辻馬車』ゆかりの書店ということで有名でした。『辻馬車』とは、藤沢桓夫氏を中心とした大阪文学を代表する作家によって作られた同人誌です。この時代の名残りは、現在は波屋書房のブックカバーに引き継がれています。時の人気画家・宇崎純一氏作で、藤沢氏の自筆文字も印字されている貴重なものです。レトロな雰囲気がかわいくて、一目惚れしました! カバー単品で買いたいくらいです(笑)
 料理書中心の店でいく、と決めて以降、波屋書房には全国から大勢のお客様が訪れるようになりました。近所には、有名な黒門市場、料理人が店を構えるときに必ず立ち寄るといわれる道具屋筋があり、立地的好条件も追い風になりました。プロの料理人御用達の店、となったことで、料理書のスペースはどんどん拡大。現在は売り場の3分の1以上、売り上げの約60%を占めるようになりました。
 そんな波屋書店にも、約10年前、最大のピンチが訪れました。店から50メートルも離れていないところに売場面積1000坪の大型書店がオープンしたのです! 「書店は時間とスペースで決まるというのが私の持論」という芝本さんは、今度ばかりはもうダメかと思ったそうです。「大型書店への道順を聞きに来店する人も多く、精神的にも厳しいものがあった」と。しかし、波屋書房は生き残りました。「常連のお客様や取引先の版元からの激励の言葉に、胸が熱くなりました。お客様は人につく。小さな書店だからできることを大事にして、お客様の想いに心をこめて応えたい。本屋は本屋しかできませんから」と満面の笑顔を見せてくれました。
 店の歴史や熱い想いを聞いて、感動が止まらない僕でしたが、さらに追い討ちをかけるエピソードが! 「お客様との直接のやりとりを大切にしたいのでホームページは開設しておりません。何かお探しの場合はいつでもお電話ください。当店独占販売の「芸能懇話」など、演芸書も充実しております。ただ、コミックは置いておりませんのでご容赦ください」とのこと。
 コミックなし、風俗誌なし、ネット通販なし、と時流に反することだらけの小書店が、なぜ繁盛し、お客様に愛されるのか? その秘密は店内、そして店員さんにあります。ぜひとも一度行ってみてください!
 
◆波屋書房 
大阪市中央区千日前2-11-13
電話06-6641-5561

【写真:左が芝本尚明さん、右が昌子さんご夫妻】

 


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